ふちどり

なんでもない日々

静かなる同居人

 

ひとりは限りなく自由だが、そのことが時々めちゃくちゃしんどくなって、誰もおかえりって言ってくれる人のいないアパートへ向かう帰り道泣きたい気分になる。気分になるだけで実際に泣きはしないのだが、このまましゅわっと溶けて消えて無くなるとか、できないっすかね、ぐらいのことを延々考えながら歩く。ああ、帰る場所、欲しいなあ、と思う。でもそんなところは探したってどこにもないので、自分でつくるしかないのだ。

 

そのことに気がついてから、少しずつあのやっすいアパートの中に自分の城を創り上げている。例えば植物を育てて、ああ、あの子に水遣りしに帰んなきゃ、と思う。描き途中の巨大な絵を部屋の角に置いて、あの絵の続きを描いてあげなきゃ、と思う。料理を引き立てるうつくしい器や、コーヒーをおいしく淹れるための器具をそろえて、ひとりの食事も味がするように。いつでも読みたい本を読めるように、机の上に買っておいたあの本やこの本やを山積みに。そういった小さいレンガをたくさんたくさん積んで、その城はどんどん創られている。終わりはきっとない。

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でも、はじめは心細くて仕方なかったひとり暮らしにも気がついたら慣れて、さみしいというのがどういう感じかとかは忘れた。ただ、ああ、ひとりだなあ、と思う。しみじみと。人間そのものは急に居なくなったり死んでしまうので、ずっと一緒には居られないということが果てしなくかなしいが、人間の作ったものたちは、静かに、しかし確かに、たとえ自分が死んだってずっとそこにあるということには救われる。誰かがつくった何かは、静かなる同居人となり、人間の暮らしを支えているのだ、と思う。だからこそ、そういった何かをつくる人でありたいと願う。

あたいタバコやめないわ

調査結果をまとめていたらやるせない気持ちになったので。えいや。書いて切り離しを試みる。

 

各方面の偉い人らはまずは知ってもらうことから始めるしかないと口を揃えて言う。しかし事実知ってもらえたところでそれを選ぶ人はそんなに多くないということがわかった。たばこの健康被害をいくら話してもたばこを吸う人はゼロにならないのと一緒。人間、それが良くないことと知ったからって、そうそう変われやしない。

このご時世さして余裕のない人の多いこの国で、知ってもらおうと一生懸命になっている間にその守りたい(/守るべき)何かはみるみる消えていき、手遅れになってしまう。長い目で見て、なんて言っている間に、おしまいになってしまう。そんな気がする。

 

知ってもらおう、わかってもらおうなんていう考えは捨てて、諦めから始めねばならないのかしら。賢い消費者なんてまぼろし。ばかなやつらをどう動かすかを考えよ。そういうことかしら。無意識に選ぶ人、あるいは気がついたら結果として選ぶことになる人を増やす仕組みを作るしかないのかしら。わかられない、ということだけがわかった。虚しいなあ。虚しいなあ。このままだと哀愁漂う論文になりそう。期限が来る前に、どうにか何か明るいものを見つけたい。

がんばらなくちゃ。

 

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長いこと待ってたけど答えはやっぱひとつ

この数日は夜道を歩くとどこか何かに見られているような感じがした。きっと月のせい。

今夜は月を見上げて、ああ、まんまるの月、とげとげのこころ。と思った。まるいっていいよなあ。まるいパンとか、まるいお皿とか好き。水たまりに雨粒が落ちてできる輪っかなんて永遠に眺めていたい。コンパスで円を描くと無敵な気持ちになる。はあ、おれもまるくて無敵になりたいぜ。

誰もいない帰り道を、ハンバートハンバートの今夜君が帰ったらを小さく口ずさみながら歩いた。歌い終わって、明日も何かほっとするまるいものがありますように、と誰かが言ってたなあと思い出す。あれはどこで聞いたんだっけなあ。案外夢とかかもしれない。今晩はまるいものの夢を見たい気がする。

夕暮れ症候群

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家にいるのに帰りたい。ああ帰りたい。年老いたら自分もそんな風に感じる時が来るのだろうか。夕暮れの空というのはほとんど毎日見ているはずなのに、なんだか毎日新しくて思わず撮ってしまう。似たような、でもひとつとして同じでないグラデーションがずらっと写真フォルダに並ぶ。もしかして帰りたい、というのは空に、かしら。

綿菓子みたいなそれを千切り

 

見上げると、綿菓子みたいな雲。思わずお腹すいたな、とつぶやく。

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お腹がすいてすいて仕方ないこの頃、秋刀魚も栗ごはんもするりと胃の中にすいこまれてゆく。気温もめっきり下がり、布団から出るのがつらい。そんなことを言っているうちにオオハクチョウがやって来る。

儚く切ない、秋というのはどこか切なくあることを許されているようで、いちばん落ち着く季節。秋、すき。

 

セブンアップアットコインランドリー

セブンアップ・アット・コインランドリー。

 

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みたいな感じで、そのものに特に意味はないけれど、たまに言いたくなる言葉というのがあって、使いどころがなくて脳内メモリにどんどんたまっていくんだけどどうしよう。

ピンホールのあやふやな写真ばっか並んで凍えてる

写真、撮るのは好きでも写るのは苦手である。

なんというか、残りたくない。写真に写された自分の姿を見ると、うーん、なんだか嘘っぽい、と思う。どうせ残るなら、自身そのものの記録でなく、生み出したもの、作り出したものの記録によって残りたい。

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と、思っていたんだけどなあ。

最近少し、写真に写るのも悪くないような、そんな気持ちになっている。苦手なのは変わらない。けれど苦手なりに写ってみると、見返すとやっぱり変な顔をしていてもそれが妙になんだか良かったりするのである。不思議。