ふちどり

日記、三日坊主にならぬようがんばります

もっと

 

なんだかこの頃、すごいなあ、が口癖になりつつある。

 

周りの生きている人みんなすごいなあ、とばかり思っている。ほんとうに。

生きているのすごいなあ、などと書くと馬鹿っぽいというか、翻って馬鹿にしているのか?というようにも見えるが、そうではなく。

僕は素直になったのだと思う。おそらく。まあこんなこと、自分で書いているので実際に外から見てそうあるかどうかは怪しいが。

 

特に結婚したり子どもがいたり、自分ひとり生きること以外に、誰か大切な人との何かをも抱えて生きるというのは、ほんとうにすごいなあと思う。

 

僕はまだ自分が生きることに精いっぱいで情けない。

もっとしっかりしたい。もっと強くなりたい。

 

台風ハイ

 

台風ハイ、というものがあると思う。

少なくとも僕にはある。

 

偏頭痛持ち故、台風に限らず荒れた天気の直前は鈍い痛みが続く。

しかし台風が来てしまえばあっさりしたもので、頭痛からは解放される。つまり外が雨嵐大荒れ、という時にはすこぶる調子が良くなる。

 

これが台風ハイ、である。

 

もちろん、体調だけでなく、いつもは隣の部屋の人に遠慮して抑え目の音量でかけている音楽をガンガンにかけられることや、多少大きめの声で歌を歌うことができるのも関係していると思うが。

 

 

ともあれ台風ハイ、である。

それゆえ僕は台風や荒れた天気が結構好きだ。これで頭痛さえなければ最高なのだが。

歯が浮くような

 

歯が浮くようなキザなセリフ、などと言うが、今回はそちらではなく。

本当に、物理的に身体的に、歯が浮くような感じがして困っている、というお話である。

 

僕は数年前から顎関節症で、あくびをするともれなく顎が外れそうになるという性質がある。

あくびをして開いた口を戻す時にガコン!という音がする以外はもう慣れっこで、大きく開かないよう気をつければ何のことはない。

 

しかし、先週あくびをするときに気を抜いていたのか、顎が外れてしまってかなり痛い思いをした。

そしてそれだけでなく、リンパが腫れてきて、なんだ顎の骨あたりがふわふわするようになった。

あ、これが歯が浮くというやつか、と即座に思った。

 

言葉を言葉として初めて得た赤ちゃんみたいだな、と愉快な気持ちになった。

まあ愉快な気持ちになったのはいいのだが、ずっと顔の下半分が落ち着かなくて困る。

病院に行くべきか。

放っておきたいこと

 

大人とされる年齢になっても、知らないことやよくわからないまま放置していることがたくさんある。

 

例えば、「無料」のアクセントの位置。

ずっと僕は後ろにアクセントがくるものだと思っていたのだけれど、ある時耳にしたラジオCMでは「無」にアクセントを置いていた。

どちらが正しいのだろう?と思いながらも、確かめないまま。

 

ラジオで無料、と言われるたびに首を傾げる。「無」が強調された「無料」は、なんだかむずむずする。

 

 

断っておくが、僕はこのことについて答えを言って欲しいわけではない。むしろ言わないでほしい。

自分でも意味がわからないけれど、ただ、首を傾げたいと思うのだ。

 

 

我ながら変な話だ。

なんでもない日

昨日は、久しぶりに友人たちを家に呼んで、ご飯を食べて、そしてひたすら話をした。


どうでもいいような、どうでも良くないような、よく分からないことについて何時間も話をした。
夜遅くに解散して、僕は片付けをしながらしばらく余韻にひたった。口もとはかなり緩んでいたと思う。


ここ最近眠れない日々という感じだったのが嘘みたいに、すっきりさっぱりぐっすり眠れた。
朝起きて、僕はほんとうに、ほんとうに、良い友人に恵まれたなあ、などと月並みにしみじみしてしまった。


昨日みたいに、一見なんでもないようで、でも思い出すと仄かに漂う心地よい雰囲気が脳内で再現されて思わずにやついてしまうような、不思議な日が僕にはある。

そういうなんでもない日を、これからも増やしたいと思った。

夏の癖

肌寒い。軽く羽織るものがないと、風邪をひいてしまいそうだ。
すっかり秋のようだけれど、これがフェイクなのを僕はわかっている。いつもこうやって涼しくなって騙される。まだたぶん完全に夏が終わってはいない。半袖はまだ片付けてはいけない。


蒸し暑い夏の癖で、窓を開けたまま寝てしまったら心なしか喉が痛いような痛くないような。痛くない痛くない、と言い聞かせてなんとかやっている。と書きながらもくしゃみがとまらない。


何か、ものすごく書きたいことがあったのだけれど、くしゃみと一緒にすっかりどこかへ行ってしまった。
なんだっけ。めちゃくちゃ気になる。今日はこのなんだっけと付き合うことになりそうだ。あのくしゃみを吸い込んだら思い出せるだろうか。



たまにはこれくらいでおしまいにしてみる。

分岐点


僕は今、いわゆる人生の分岐点に立っている、と言えると思う。


僕の前には今大きく2つの選択肢がある。

ひとつは、それなりにやりたいことができるかもしれなくて、それなりに周囲からの社会的信用も得られて、大変でもそれなりにやりがいもあるだろう、というものである。

もうひとつは、ほとんどやりたいことしかやらなくて良くて、しかしひとつ大きな結果を出したりしない限りはなかなか社会的信用は得られないだろう、それまでは茨の道どころではないだろう、というものである。

僕は前者の選択肢を選ぶつもりでいる。

理由は、僕には今後あと何十年か生きていくために、できるだけ早く社会的信用が必要だから。つまりお金が必要だから。
僕には大学時代の奨学金という名の借金がそれなりにあるし、家も豊かとは言えないし、宝くじでも当たらない限りは、周りの反対を押し切って全てを賭けることはできない。そんな勇気はない。

こうやってずっとずっと言い訳して逃げてきたような気もするが、何も今挑戦を選ばなくても良いのではないか、と足がすくむ。僕には貨幣経済を恨むことくらいしかできない。
だから今は、前者の選択肢を選ぶ。
前者の選択肢も悪くない、と思う。
実際、挑戦的な方の選択肢を選びなおすことなんていつでもできるわけだし、今である必要性はない。

そんな僕は臆病だろうか。
人の命なんてわからない、何なら明日死んでしまうかもしれないのに、最もやりたいことを先延ばしにして、これで良いのだろうか。

でも、おそらく、ここには良いも悪いもない。
どちらを選んでも選ばなかった方がよく見えるものだ。
これで良いと言うより、これが良い、と思い込んで歩いてみるしかないのかもしれない。

なんて、自分を納得させるような文章を書いてみて、気を紛らわせてみたりする。
さて、僕はどうするのだろうか。