ふちどり

後ろ見ながら前に進む、僕の日記。

なまずになる

 

人の少ない喫茶店で、僕はなまずになりたい、とその人は言っていた。

 

初めは、何やらよく喋る男の人ふたり連れだなあ、というくらいだった。隣のテーブルに居合わせた僕は、読んでいた小説に目を落としながら、聞くとはなしに彼らの会話を聞いていた。

何を幸せとするかは人それぞれで、その人の尺度だから、みたいな、よくある話をしているなあと思ったら、突然なまずが出てきたので驚いた。

思わず、なまず、と口にした男の方を見た。幸い男は僕に気がつく様子もなく、こう言った。


「僕はなまずになりたい。ゆらゆら揺れてひげをくねらせて、飄々と生きていきたい。空気のなかではなく、水のなかに息を潜めて暮らしたい。あの黒い体がいい。人間は中途半端に白かったり黒かったり黄色かったりしてよくない。もっとすっぱりなまずのように黒くありたい。」

 

それだけ言い切ると、まるで謀ったかのように、男たちはさっさと席を立って出て行ってしまった。そんなはずはないけれど、僕に聞かせるために話をしていたのではないかと思うくらい、よどみなくすらすらと話すさまは完璧で、映画のようだった。

 

僕は、なまずってそんなに飄々としていたっけ。そんなに素敵な黒だったっけ。と思いながら、また小説に戻った。