ふちどり

後ろ見ながら前に進む、僕の日記。

恋の熱は冷めれど

 

バレンタイン。

 

世の中はいつの間にかバレンタインと言えばチョコレートということになっていて、おいしそうなチョコレートがたくさん並ぶ。それはかなりうれしい。

店先に並ぶ様々なチョコレートと、それに合う様々なコーヒーの組み方を考えたりしているとたのしくて、あっという間に時間が過ぎる。

けれど同時に、「おい、恋愛について考えろ」と喉元にナイフを突きつけられているような気持ちになったりもして、いつも2月14日はうまくやり過ごせない。

 

 

チョコレートを売りたい人たちの策略によって生まれた文化なら、僕は毎年この時期チョコレートをいくつか買ってちゃんと貢献しているわけだし、なにもこんな気持ちにさせることないじゃないか、などと見えない誰かに向かって愚痴る。

 

愚痴りながらも、一度スイッチの入った僕の脳みそは考えるのをやめてくれないので、あることないこと思索してみる。

恋とか愛とかよくわからないけど、僕が恋愛なるものを通して得たものが何かあるとすればそれは音楽だなあとぼんやり思う。

もう得る得ないと言ってる時点でそれは愛ではないだろうという声が聞こえてきそうだが、まあそれは今はちょっと置いておいて。

 

これまで僕が好きになったひとの好きだった音楽は、その人が好きでなくなったり、あるいは好きでなくなられたりしても、好きだった間に蓄積した音楽はずっと頭の底のほうで鳴り続けていて、はっと気がついた頃にはそれらは既に奥深くにまで浸透して取り除くことはできない。

もらった物や写真なら捨てれば一応は断ち切ることができるかもしれないが、もらった音楽は捨てられない。リストから消したところで突然脳内再生されたり、何となく口ずさんでいたりする。不意をつかれてぎょっとする。

 

とは言え、僕がその人を好きにならなかったら、その音楽を聴かずに一生を終えていたかもしれない。それはひどく勿体無いことのように思える。その人そのものからは離れてしまったけれど、その人の好む音楽に出会うためにその人に出会ったのかもしれない。

などと後付けの辻褄合わせの理屈を考えて、うまいこと僕は僕を言いくるめて無理矢理前を向かせようとしてみたりする。本当は理由なんて意味なんてなんにもないけれど、こうやってどうにかのみこんでいかないと僕はたまに音楽によって溺れそうになるから。

 

 

恋の熱は冷めれど音の熱は冷めない、ってか。