ふちどり

後ろ見ながら前に進む、僕の日記。

じっと

 

僕にはあまりじっとしていられないという性質があって、その性質がこの頃ものすごく顕著にあらわれてきている。ような気がする。

 

なぜだろうな、と考えてみると、これにはおそらく僕が今置かれている人生の段階というか、僕自身の意識の上での過去と現在と未来の関係性の変化のようなものが関わっていると思う。

というのも、僕は今自分の「これからのこと」に興味があって、日々そのことばかり考えている。考えているだけでなく、「これからこう生きたい」というところに向かって行動する段階にいる。

 

もし数年前の僕が、今の僕を見たらめちゃくちゃ驚くだろうな、と思う。昔の僕は「これまで」によってつくられた「いま」の僕が嫌で、後ろばかり見てはうじうじしていた。今となっては懐かしいし、そのうじうじも必要なうじうじだったと思うけれど、過剰にうじうじしていた気がする。(お?うじうじを乱用したら、ちょっと書きながらたのしくなってきた。)

 

そんな過剰うじうじだった僕はいま、誰に何を言われても絶対にやりたいと思うことをひとつ心のなかに持っていて、そしてそのおかげか余程のことにも動じない図太い精神をも持っている。

自分で言うのもおかしいが、なんと自立した人間になったことか、と思う。

 

で、そうなると、やっぱりやりたいことに対して自分が持てる時間というのは全くもって足りなくて、ちょっと休憩とか言ってじっとしていたらあっという間に死んでしまうような気がして、余計じっとしていられなくなる。

 

さらに、僕のやりたいことというのは一朝一夕にぱっと形になってできるようなものでなく、例えば一度では綺麗に剥がれきらないタイプの頑固なシールがたくさん貼ってある窓ガラスから、シールを一枚一枚丁寧にはがす、みたいな地味なものなので、そのじれったさに一層そわそわ、落ち着かない気分になる。

 

でも僕はどうしてもそれがやりたいんだから仕方ない。ぜんぶ綺麗にシールが剥がれたらきっと美しい景色が待っている。だからそう結論を急ぐな。辛抱することだ。と言い聞かせながらも、やっぱりじっとしていられなくて、無意味に手足を動かしてみたりしてしまう。きっとこれからの僕の人生は何事においてもこういう感じなんだろうな、などと勝手な予想をたててみたりする。

 

じっとしていられなさが増してくるのは一見好ましくないことだけれど、僕の視点が「これまで」よりも「これから」の方に向いてきたことの表れかもしれない、などと自分の挙動を正当化しながら、落ち着かないけれどたのしく日々を過ごしているこの頃である。