ふちどり

なんでもない日々

みんなみんなずっとそこに居てほしいだけなのにな

 

 

ずっと背中を見ていたいあの人やあの人が、居なくなってゆく。憧れの彼ら彼女らは自分より早く生まれているんだから先に居なくなるなんてそんなの当たり前だけど、ひとり、またひとりと居なくなるたびに、ああこうしてどんどんみんな居なくなってしまうんだよな、とどうにもやるせない思いが滲んでふぁさっと灰色のベールを広げたみたいになる。

 

ふん、どうしても居なくなるっていうなら構いやしませんよ、後悔するのはそっちなんだからね。とか、強がって誰もいない壁の方を向いて言ってみたりするけれど、ただ自分の声がもわんと広がって消えて、あの人はもう居ないんだということがよりくっきり浮かび上がる。そういう時というのはもう、たまらなくさみしい。気がつくと透明で生温かい水が頬を伝っている。

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もう会えないのか、嗚呼かなしいねえ、さみしいねえ、というのや、あんな人だったねそうだったねと思い出すところまで含めて、まるっとその人と自分との関係で云々、みたいなことを糸井さんだったか誰だったかがどこかで言っていて、そんなの頭ではわかってる、わかってるはずなんだけど。取り残される方としてはやっぱり、なんでよどうしてよ居なくならないでよ、そんなの嫌だ嫌だ、とこころに棲むこどもが駄々をこね始めたりして困る。それにお葬式をしてお線香あげて焼かれて骨になったのもぜんぶぜんぶ見て、何度もお墓まいりに行って、それでももしかしてそのへんの角を曲がったら、あれ?久しぶり〜〜ってばったり会えるんじゃないかという気がする。もう会えない、もう居ないということは、何度やったってうまくのみこめなくて眉間にしわが寄ってしまうけれどいつも深呼吸してごまかしている。

 

居ないが居るになってまた居ないになるというのは、もうほんとになんていうか、どういうことなんだろう。どうしたらいいんだろう。みんなずっとそこに居てほしいだけなのにな。でも自分だってそのうち居なくなるんだよな。それは明日かもしれないし54年後かもしれないし3秒後かもしれないんだよな。それまでは居るんだよな。なんなんだろな。よくわかんないけど、もう、居なくならないでよねとおもうのです。